ちょっとしたことがあると、すぐにため込んでしまう…ブログも原稿も。書かなければいけないことはたくさんあるのですが…駆け足で。
宮本益光バリトン・リサイタル~日本の歌(11月22日フィリアホール)
OTTAVAの生放送が終わった後、大急ぎで青葉台へ。後半に何とか間に合いました。そこでいきなり出くわしたのは、信長貴富(のぶなが たかとみ)作曲による特攻隊戦死者の手記による「Fragments」という歌。
衝撃でした。当時18歳から23歳までの特攻隊で戦死した若者たちの手記をもとに作曲された作品なのですが、彼らの断腸の思い、生へのあこがれ、なつかしみ、いとおしさ、感謝、そしてなぜ自分は死ななければいけないのかというやりきれなさ、あるいは皇恩に報いる覚悟といったものが、そのまま音楽と言葉の力によって、とても強いリアリティで蘇ってきた。宮本益光の歌も加藤昌則のピアノも、過去の若者の魂が乗り移っていたかのよう。緑の美しさと戦火の世界との鮮烈な対比は、作品としても鬼気迫るものがありました。
それにしても、特攻隊というのは、どこにでもいる普通の若い日本人たちだったわけです。私たちと何ら変わりない。そんな彼らが、ある者は国の前途を心配しながら、ある者は日本男児としての誉れと思いながら、ある者は納得いかぬまま、散っていったという事実。
特攻隊のことは、誰でも常識として「知っている」65年前の出来事ですが、この音楽は、それを過去の史実としてではなく、まるで昨日の出来事のような近さにまで引き寄せてくれる凄絶な力がありました。そこが素晴らしい。過去を頭で考えるのではなく、過去を心で体験すること。単なる美の追求にとどまらない、それこそが芸術の崇高な使命だということを再認識させてくれる作品でした。
その次の作品は、がらりと雰囲気を変えて、加藤昌則作曲、宮本益光作詩による、「スコットランドの道標」という連作歌曲。ピュアな二人の音楽家の友情がとてもまぶしい。加藤さんの曲にはとても美しいハーモニー、和声の感覚がありますね。
それにしても、日本語の詩、そしてそれにつけられた適切な音楽。なんて心地いいのだろうと思う。よその国の言葉でできた音楽というのは、もちろんそれを心で感じることもできるし、イタリア語やドイツ語の響きじたいが音楽だなあと思う反面、私たちはどこかで日本語を軽く考え、日本語を馬鹿にし、日本語の力をあきらめていはしないだろうか? いつも日本語で考えているくせに。でも極言するなら、日本語を大切にしない限り、日本の音楽の未来はないと断言してもいいのではないか。だから、彼らのように、日本語で歌うということを大切にしている歌手や作曲家は、もっと大切にされなければいけない。
東京二期会オペラ劇場「カプリッチョ」(11月23日 日生劇場)
4回公演のうちの最終日。このところ国内制作のリヒャルト・シュトラウスものをことごとく聴き逃してきただけに、ようやくそれを果たしたという気分。
結果は非常に満足しました。最初の方こそ、オーケストラ(東京シティ・フィル)は不安定で、響きは室内楽的なのに、心なしか沼尻竜典の棒の振り方も大きく見えましたが、やがてまとまって、尻上がりに良くなっていったと思います。特に素晴らしかったのは歌手陣で、主役の伯爵令嬢マドレーヌの釜洞祐子(すずやかで可憐な美声でした)はじめ、すべての歌手が見事に精緻なアンサンブルを織りなしていました。特に舞踏の後のフーガなど、素晴らしかった。
時代設定を1944年のパリにもっていったジョエル・ローウェルスの演出にも共感しました。いま改めてこの日本で「カプリッチョ」を上演するときに、単なる音楽的な傑作として、古くからの「言葉か音楽か」という議論の延長として、この作品をとらえるばかりでなく、このオペラが作曲された当時の精神状況を考慮しつつ舞台にかけることが、作品の本質を考える上で不可欠だろうと思うからです。そういう意味で、ナチスの姿を出すことは、まったく自然だと思いました。
個人的な意見を言わせてもらうなら、「音楽が大事か、言葉が大事か」などという議論は完全に水かけ論であって、永遠に決着などつけようがないに決まっています。音楽家は音楽を選ぶだろうし、詩人は言葉を選ぶでしょう。優劣を論じること自体、意味がない。
なのに、そう思っていても、「カプリッチョ」の面白いところは、やがて彼らの白熱する議論に、こちらまで身を乗り出してしまうところにあります。それくらい、内容の濃い議論が展開されるのです。ドラマとしてはたいした展開はありません。命がけの恋とか復讐とか殺人とか、そういうドロドロしたものはない。単なる舞台裏のエピソードです。けれど、作曲家、詩人、演出家、プロデューサー、女優、歌手、プロンプターらが入り混じって、交わされる会話がなぜこれほどまでに魅力的なのか。
おそらく、作曲家は内心、詩にどうしようもなく魅了されているし、詩人は音楽に抵抗しようのない魅力を感じている。女優は、舞踊に嫉妬している。この、お互いの表現に嫉妬している感じがいいのではなかろうか。音楽や言葉や舞踊が、お互い嫉妬したり、沈黙したり、助け合ったり。
特に印象的だったのが、世にも美しい「月光の音楽」のところでバレリーナが踊り、それを離れたところから見ていた兵士が、銃を下し、ぎらぎらした目つきで襟元をはだけ、レイプするのかと思いきや、ついに一緒に踊りだしたシーンです。人間には下劣な欲情もあるけれど、やがて芸術の力がそれに打ち勝つ。そんなメッセージを感じさせる、素晴らしい演出だと思いました。
最後は年老いたマドレーヌの回想シーンとした演出も秀逸でした。彼女に求愛していた作曲家と詩人はどこへ行ったのか。ユダヤの星をつけた服を着せられて連行されていましたから、おそらく収容所でしょう。非業の死を遂げたのかもしれません。それでも、彼らの作品は残り、時代を超えて生き続ける。そんな風な意味に私は受け取りました。
ヘルベルト・ブロムシュテット指揮チェコ・フィル(11月23日サントリーホール)
この日はブルックナーの交響曲第8番1曲のみ。大きく賛否の分かれた演奏会のようですが、私は実はあまり楽しめませんでした。チェコ・フィルは大好きなオケですし、80歳を過ぎてもこれだけ精力的な演奏をやってのけるブロムシュテットは素晴らしいと思います。しかも、あれだけ燃えていたのに、そのタクトさばきは、指揮者が陥りがちな舞踏家風ではなく、しっかりとした意思を感じさせるものであったことも確かです。響きに対する間(ま)の感覚も十分にあった。
では、なぜ自分は楽しめなかったのか? これはまだ自分の中でも答えが出ていないのですが、どうも音楽がグラグラと沸騰しすぎのように思うのです。悪く言えば、金管の咆哮といい、ティンパニの轟きといい、どうも余裕がないように感じてしまう。よく言えばフルトヴェングラーの熱を帯びた解釈に共通するものがあったかもしれませんが。
もしかしたら、自分は「ブルックナーはこうでなくてはならぬ」という考え方を持ちすぎているのかも知れません。ヴァントやチェリビダッケの実演を聴いてしまった体験が、いまだに尾をひいていて、ほかの演奏のブルックナーを受け付けなくなっているのだとしたら、それは不幸なことなのか、幸福なことなのか…。アーノンクールはその論理性に心底感動したけど、アバドやチョンのブルックナーは情念的過ぎて好きになれなかった。やはり相性なのか…。
ブロムシュテットに関して言うと、個人的にはデンマーク放送響とのニールセンにずいぶんとお世話になったので、望みが叶うなら、ぜひニールセンを次は希望したいところです。
内田光子ピアノ・リサイタル(11月24日サントリーホール)
これも訳あってモーツァルトとベルクは聴けず、ベートーヴェンから入りました。モニタースピーカーから聴こえてくるベルクのソナタは、ずいぶんと激しい音楽に聴こえました。「ヴォツェック」の作曲家が書いたピアノ曲なのだということが改めて感じられるような。万事に周到な内田光子のこと、モーツァルトの「ロンド イ短調」K.511の次にベルクのソナタ、そしてベートーヴェンのイ長調ソナタop.101(第28番)を前半の最後に置いたことで、おそらくウィーンのある種の精神史のようなものを前半では描きたかったのではと想像します。それは、痛み、苦しさ、死の気分といったものがまず底流にあり、そしてそれを乗り越え、慰めよう、手を差し伸べようとするかのようなベートーヴェンのソナタ。という流れではなかったでしょうか。私は28番のソナタがとりわけ好きです。ほとんど何も書けずスランプに近い状態でポコンと1つだけ孤立して書かれたこのソナタには、苦しんでいる友人(あるいは自分自身)に向けた、静かな語りかけの言葉があるような気がします。苦しみは解決されないけれど、未来への希望を捨ててはいない。そういう気分です。内田さんの演奏は、後半のシューマンもそうでしたが、作品のもっているサイズよりもずっと大きい、時空を超えたような表現をする。アンコールのシューベルトやモーツァルトもそうでしたが、まるで生と死の彼方から響いてくるような演奏をする。
それを村上春樹は「大きすぎる」と批判していました(否定はしていなかったけれど)が、私はそういう超越的な世界から響いてくる音楽、という演奏の在り方は、強く支持します。なぜなら、内田光子の音楽というのは、そのコンサートが終わった後も、ずっと聴いた人の心の中で鳴り続ける類の響きがあるからです。その場では決して終わらない。むしろ、コンサートの後から効いてくる。そして、その人の人生をも、もしかしたら変えてしまうかもしれないくらいの、体験として、生き続ける。誰にでもそうではないけれど、少数の人には、必ずそういう体験として残る。そう思うからです。
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