本日のすみだトリフォニーホールでのアレクセイ・リュビモフのロシア・アヴァンギャルド・プレミアム・ライヴの後に楽屋廊下で、立ち話ですがリュビモフと再び少しだけ話すことができました。そのときの模様です。
――素晴らしいコンサートをありがとうございました。今日のアンコールの最後の作品はペルトでしたね。
リュビモフ:「アリーナのために」は、私の大好きな作品なのです。ペルトが新しい道を歩み始めるちょうど最初の時期の作品にあたりますし。
――日本でも好まれるようになってきている曲です。でもこの「アリーナのために」の楽譜を見ますと、単に耳ざわりのいいシンプルな曲というだけでなく、非常に厳密で数学的にできているということがわかります。そこにペルトの世界観がうかがえるような気がするのですが。
リュビモフ:そうですね。たとえば楽節のなかにいくつ音を使うか、といった数学的な法則がありますね。そこにはセリー技法、さらにはもっと古くからのポリフォニーにいたるまで、ペルトにとっての「古典的」な技法も支配しています。声楽ではもう少し違った法則がありまして、音節が関わってきます。2つの音節なら2つの音、3つの音節なら3つの音。そういった決まりもあります。
いまは少し単純にお話しましたが、そういった原則のもとに、ものすごく複雑に書かれているのがペルトの作品です。決して単純な音楽ではないのです。
――リュビモフさんのように演奏したいと思うピアニストは日本にもたくさんいると思うのですが、何かアドヴァイスをいただけますか。
リュビモフ:すこぶる知的に考え抜く力を持つことが必要ですし、音そのものに対して、そして楽曲の構成に対して、ものすごく敏感な感受性を持つことです。演奏する作曲家のコンセプト、哲学をよく理解しなければいけません。ただ単に音を並べて書いたのではなくて、その作曲家がなぜそのように書いたか、彼なりのポジションを理解しなくてはなりません。
――リュビモフさんも作曲されているのですか?
リュビモフ:いいえ。子供のころは作曲しましたが。自分と同時代で素晴らしい作品を書いている作曲家がたくさんいると知ってからはやめました。
――ゲンリヒ・ネイガウスは偉大な教師と言われていますが。実際はいかがでしたか。どんな影響を受けられたのですか?
リュビモフ:みんなに聞かれるのですよ(笑)。私は確かにゲンリヒ・ネイガウスとレフ・ナウモフにつきました。しかし私は、安易にネイガウスのピアノ思想といったものには同調せず、すごく離れた場所にいると思います。
しかし唯一ネイガウスの影響が私に残っているものがあるとすれば、それは楽器の音の出し方ですね。その秘訣といったものは残っているかもしれません。しかし音楽の美学に関しては、ネイガウス派からはかけ離れていると思います。
音楽的にも、教育者としても、私はネイガウスをとても尊敬しています。しかし、私が学んでいた時期にすでに、彼からの影響だけでは足りないと感じていました。何か新しいものとの結合が必要だということに気がついたときから、私の歩む道は、ネイガウスの流派からは離れました。
以上です。
私自身も企画にかかわったというか、「妥協ないプログラム」「少人数でぐるりと囲むライヴ」の言いだしっぺだったので、いまはホッとしているところです。お集まりくださった方々が、楽しんでいただけたなら、それが何より嬉しいです。
来日公演(すみだトリフォニーホール)詳細は