今日オペラシティに、フライブルク・バロック・オーケストラのコンサートに行ったら、休憩時間にばったり会ったある人から「もうツイッターはやらないのですか」と残念そうに尋ねられた。とっさに「いや、ツイッターをやめるわけではないです」と答えたものの、その先は口ごもってしまった。特に明確な方針があるわけではない。それはブログもフェイスブックも同じである。
フライブルク・バロック・オーケストラのバッハ「管弦楽組曲」全4曲の演奏は、良い意味でおとなしく、角をたてない、柔らかい音楽だった。耳にやさしく、威圧的でない、穏やかな人たちのバッハ。同じドイツ人のバロック・オーケストラでも、ベルリン古楽アカデミーのシリアスさ、過激さとは全く違う雰囲気だ。管弦楽組曲はリュリやラモーの舞踊音楽の影響から来ているのかもしれないが、あれほど刺激的でカラフルではないものを、バッハも書こうとしていたのかもしれない。フルート六重奏曲のように演奏される「第2番」も、つつましくていいものだ。本来の曲想に合っていると思う。
話は変わるけれど、私は家から車で10分くらいのところにある森を季節ごとに散歩するのを無上の喜びとしている。久しぶりに少しだけ朝方歩いてきたので、その時の写真を。
真冬なので、森とはいっても実に荒涼としている。だが、そういう場所をそぞろ歩くのは楽しい。寒い張りつめたような大気のなかを、枯れ草をふみしめながら、奥へ奥へと歩いていくと、身の引き締まるような孤独と自由の感覚で、全身が喜びでいっぱいになる。鳥がギャーギャーと不気味な声で上空を鳴くなか、藪のなかにもどんどん入っていくと、草むらの奥から変な動物でも飛び出してくるのではと緊張する。が、それも楽しい。まるで野生の狼にでも戻ったみたいだ。
この森は少年のころからの、一番大切な場所であり、私の精神的な故郷である。ここが、まだ失われずに残ったままになっているのは本当にありがたい。
LINDEN日記を初めて拝読しました。森の小道の写真は冬枯れの風情に満ちていて良いですね。
ところで、私も散策は大好きです。徒歩であっても、自転車であっても。森や林を歩く時、感じるのですが、私たちは自分の心の中の鬱蒼とした森も同時に渉猟しているのではないでしょうか。歩くことによって心の森の木霊に耳を澄ませ、心の古池から湧いてきた着想に思わず驚いたりしています。
あっ、そうそう、最後に是非触れておかなくてはなりませんね。OTTAVAを毎日“愛聴”していますよ。これからもamorosoの方、頑張って下さい。林田さんが紹介する“前衛的クラシック”は勇気ある試みだと評価しています。
では、また折を見て御便りします。今夜はこの辺で。 百拝傾首
投稿情報: leonardo21th | 2012年1 月12日 (木) 00:39
こんばんは。
森の写真。その奥行きに、本当に私も歩いているような感覚を覚えました。
(画像も綺麗ですね)
同時に私も子供の頃に遊びまわった実家近くの山道を思いだしました。
そこは今ではずいぶん宅地開発が進みましたけどね。
少年の頃から親しんだ森とのこと。そうか、林田さんは少年の頃からずっとそこにいらっしゃるのですね。
ツイッターもブログもフェイスブックも、
林田さんなりのペースで続けていただけたら、と
思います。
今夜は寒いそうですから、暖かくしてお過ごしください。
投稿情報: えんどう | 2012年1 月12日 (木) 01:43